2007年8月26日に初めてシラキトビナナフシを採集し、我家で4頭を飼育していると、秋になって次々とシラキトビナナフシが死亡していきました。
一番初めは9月21日でしたが、その個体は庭に埋めてやりました。まだ、標本にすることは頭の中にありませんでした。シラキトビナナフシについて色々と調べていくにつれ標本を残しておきたいという考えが浮かんできました。もし、次に死亡したら標本にしようと思ったのですが、10月2日に死亡した個体は発見が少し遅れたため真っ黒に変色していました。この時期は最高気温が20度を超えており、触ると肢がとれるほどになっており、腐敗がかなり進んでいました。 その後、10月20日に死亡した個体を初めて標本にして見ましたが、乾燥させている間に色が落ち始め黄緑色の体色が黄色くなってしまいました。 最後の1頭が死亡したのは11月15日でしたが、このころには最低気温もマイナスを記録するようになり、ほどなくして雪が降り始めました。この最後の1頭については大きな変色もなく標本が出来上がりました。 今までクワガタやカブトムシの標本は作ったことがありましたが、ナナフシの標本作成は初めての経験でした。 専門書やHPを参考に自分なりに作成してみましたが、課題や問題点がたくさん出てきました。 以下に、シラキトビナナフシの標本に関して経験したことや調べたことなどを載せていきます。 |
30年以上にわたってシラキトビナナフシには和名のみで学名がありませんでした。当然、シラキトビナナフシのタイプ標本はありませんでした。 しかし、今年に入って、シラキトビナナフシが新種記載されたことによって、その基準となったタイプ標本が存在することになりました。 この新種記載論文についてはこちらを参考にしてください。 ⇒ 「シラキトビナナフシの学名について」 この論文(Ichikawa A and Okada M (2008) Review of Japanese species of Micadina Redtenbacher (Phasmatodea, Diapheromeridae), with description of a new speces. Tettigonia (9): 13-31.)によりますと、 HOLOTYPEは、2000年8月10日に長野県下伊那郡阿智村園原で岡田氏によって現地採集された1メスです。 また、PARATYPEは、各地から採集された45メスが記載されています。 これらの標本は次の博物館に保管されているそうです。 HOLOTYPEと多くのPARATYPEは、大阪市立自然史博物館に、その他のPARATYPEは、よねざわ昆虫館と平塚市博物館に保管されているそうです。 |
初めのころは、このタイプ標本のことがよくわからずいつも戸惑っていました。初めての方のために簡単な説明を載せておきます。 新種を学会誌などで発表した論文のことを原記載論文といい、記載した人のことを命名者といいます。このとき、新種記載の基準となった標本がタイプ標本(基準標本)といわれるものです。 タイプ標本には、次のような種類があります。 |
HOROTYPE | ホロタイプ | 正基準標本 | 原記載論文の中で指定された一つの標本のこと |
ALLOTYPE | アロタイプ | 別模式標本 | ホロタイプと違う性別の標本のこと |
SYNTYPE | シンタイプ | 等価基準標本 | 命名者がホロタイプを特に指定しないで、複数の標本を使用したときは、全てがシンタイプとなる |
PARATYPE | パラタイプ | 従基準標本 | 命名者が複数の標本を使用して、そのうちの一つをホロタイプと指定しているときは、残りはすべてパラタイプとなる |
LECTOTYPE | レクトタイプ | 選定基準標本 | ホロタイプがなかったり不明になったとき、後の研究者がシンタイプの中から適正な一つを選定したもの |
NEOTYPE | ネオタイプ | 新基準標本 | ホロタイプ・シンタイプ・パラタイプが不明になったとき、後の研究者が適正なものを補充したもの |
2007年に初めて作成したシラキトビナナフシの標本です。 |
完成標本 | 元の生体 | コメント・気温状態 |
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2007年10月20日標本作成 ◎気温が高かったためかほとんどの体色が抜けている。 ◎右後翅は、生体のときから脱色と萎縮が始まっていたが、さらに萎縮変形している。 ◎作業途中で肢が3本脱落してしまった。 ◎腹部の収縮が激しく変形している。 ◎前胸背板のE文字は見えている。 標本作成後1週間の気温 (2007年10月の気温) 日付 平均 最高 最低 20日 12.6℃ 15.5℃ 6.7℃ 21日 10.3℃ 13.2℃ 6.9℃ 22日 13.6℃ 18.0℃ 7.5℃ 23日 9.0℃ 12.2℃ 4.5℃ 24日 9.3℃ 16.3℃ 3.6℃ 25日 9.9℃ 16.8℃ 3.3℃ 26日 11.7℃ 17.2℃ 6.2℃ |
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2007年11月15日標本作成 ◎気温が低かったためか体色はあまり抜けていない。各部の色を確認することができる。 ◎腹部の収縮変形は激しいが、それ以外の部分は細部を確認できる状態。 ◎シラキトビナナフシの特徴を確認できる状態で標本が出来上がっている。 標本作成後1週間の気温 (2007年11月の気温) 日付 平均 最高 最低 15日 2.2℃ 6.1℃ -0.7℃ 16日 2.5℃ 5.4℃ -1.8℃ 17日 6.6℃ 10.5℃ 2.6℃ 18日 1.3℃ 8.4℃ -5.1℃ 19日 -3.2℃ 0.8℃ -5.7℃ 20日 3.3℃ 8.3℃ -2.4℃ 21日 -3.1℃ 0.4℃ -5.3℃ |
昆虫の標本は、クワガタとカブトムシ、セミを作ったことがありますが、腹部のやわらかいものは初めての経験でした。大きいものではヘラクレスオオカブトやゾウカブト、小さいものではパプアキンイロクワガタやスジクワガタなど色々な種類をつくりました。 シラキトビナナフシの標本は、発泡スチロールの上で、肢や触覚などの形を整えただけの簡単な作り方をしました。 本やHPのナナフシの標本作成方法では、腐りやすい腹部の内容物を取り出し、綿などの詰め物をすることが書かれていましたが、それは行いませんでした。 展足後の乾燥は、不透明の密封式のタッパに乾燥剤と防虫剤を入れ、北側の窓枠に置いて保管しました。気温よりは、約4度くらい高い場所です。 約1ヶ月ほどで、上記の写真のような状態になったので、1ヶ月から2ヶ月乾燥させると十分かもしれません。 標本を作って気づいた点 @死亡後の腐敗が早い。一日から二日で腐敗が始まり標本にすることが出来なくなります。 A乾燥している間の体色の変色・脱色が見られる。特に気温が高い時期のものは、緑色がほとんど抜けてしまいました。 B腹部がやわらかいため、何の処理もしなかったので乾燥後に収縮し、変形してしまいました。 C体や肢など各部が細いため慎重に扱っても、肢が3本脱落してしまいました。 Dこれらの点がうまくいくと、色の比較や各部の構造、翅脈の構造など、細部の確認などができます。 以下で、これらの経験と本などの説明をもとにシラキトビナナフシの簡単な標本作成について記述していきます。 (2008年4月13日 記述) |
2008年に採集・飼育したシラキトビナナフシの標本です。 体色が抜けてしまったり、腹部がつぶれてしまったりしていますが、まずまずの出来です。 2009年9月27日 記述 |
シラキトビナナフシの標本を初めて作った時の経験とその時に調べたことを含めながら簡単な標本の作成について載せていきます。専門的に標本を作っている方は既に確立したやり方を持っているので、初めて標本作りに挑戦するような初心者の方の参考になればと思います。 また、標本を作る場合、採集してすぐに殺して作るときと、飼育していて死亡してから作るときがあります。標本の是非については色々と意見の分かれるところですが、作る意味を考えながらその人にあったやり方を選択してほしいと思います。シラキトビナナフシの場合は、クワガタなどと違って、飼育していてもふ節が取れたりすることがほとんどなく、採集時の状態で標本を作ることができます。 私が作ってみようと思ったのは、飼育しながら観察を行い、ノートに記録したり、写真に撮ったりしていましたが、後でシラキトビナナフシの各部の構造などを調べ始めると写真では分からない部分がでてきました。その時、実物を見直さなければなりませんでした。冬が近づくとシラキトビナナフシは死んでしまいますからその時に調べようにも実物がありません。そこで標本を残しておくことが必要になりました。 標本そのものは、形を整えて乾燥させ、ラベルをつけることで出来上がります。作っている過程で、見ているだけでは気づかなかったことも見えてきます。 以下に、初めての方でもできる簡単な標本の作り方を載せていきます。 |
標本作りの道具は、専門的になると展翅板やドイツ箱(保存箱)など高価なものがあります。ここでは、専門的な道具に変わる身近で安価なものを利用して作成していきたいと思います。 標本作りに必要なものとして、@展翅板・展足板、A昆虫針、Bピンセット、C保管箱(乾燥用・保存用)、D小道具(防虫剤・乾燥剤・爪楊枝・木工用ボンド・虫眼鏡・・・)などがあります。これらについて簡単に説明していきます。 |
展翅板 展足板 |
展翅板はトビナナフシの翅を広げて標本にするときに使います。 展足板はトビナナフシの肢や触覚などの形を整えるのに使います。 展翅板・展足板は、専門のものは高いのですが、左の写真のように厚めの硬い発泡スチロールで十分です。ただし、左のようなやわらかい発泡スチロールは針がうまく固定せず形が崩れます。また、コルク板を使っても可能です。 展翅板も、胴体の部分を空けるように発泡スチロールを2枚重ねて作ることができます。 発泡スチロールは、電化製品の箱に入っていたり、100円ショップなどでも売っています。 |
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昆虫針 | 昆虫針は、錆びないステンレス製がいいです。昆虫の背中に刺すものです。 国産の針は、有頭シガ昆虫針があり、00号から6号までのものがあります。 外国産は、オーストリアのもの(左の写真)があり、000号から7号まであります。 番号はいずれも小さいほうが細く、番号が大きくなると太くなります。 トビナナフシのときは写真にある5号を使いました。(3号か4号でもいいかもしれません) 右の写真にあるのは、いわゆる待ち針と虫ピンです。肢や触覚などの形を整えるときに使います。 |
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ピンセット | トビナナフシは体長が5センチ前後で、細い体をしています。 肢などは非常に細く小さいので指で扱うのは大変です。そのような時ピンセットを使いながら形を整えていきます。 トビナナフシの時は、あまり力が入らないように写真のようなプラスッチク製を使いました。 金属製のものや、先の曲がったものもありますので必要に応じて使うといいです。 標本を標本箱に刺すときは、先の曲がったやや丈夫なものがいいです。 |
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保管箱 | 形を整え終わった標本を、展翅板や展足板ごと入れて乾燥させるときに使います。 100円ショップなどで売っている不透明で密封できるものがいいです。 このタッパの中に乾燥剤と防虫剤も同時に入れて日のあたらない涼しい場所に置いておきます。1ヶ月ほどで乾燥します。 トビナナフシは、腐りやすく色も落ちやすいので、可能であれば冷蔵庫の中などで保管するといいです。 |
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標本箱 | 形を整えて十分乾燥させた後で、ラベルとともに標本箱に保管します。 標本箱は、専門のドイツ箱などがありますが、非常に高価なものです。 桐の箱やソーメンの箱など適当な箱の底に発泡スチロールやコルク板を張って標本箱とすることもできます。左の写真はソーメンの箱で作ったものです。 ただし、コルク板を使用すると湿度によってたわみが出てきたりします。 防虫剤(ナフタリン)を入れると、発泡スチロールが溶けるので直接触れないようにします。 |
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防虫剤 乾燥剤 |
標本を乾燥させる時や標本を保存する時にケースの中に入れて置きます。 標本がしけると腐ったりしますので乾燥剤は新しいものを入れて置きます。 防虫剤はナフタリンなどの衣類用防虫剤でいいです。しかし、防虫剤はあくまでも虫が嫌がるというだけのものですから、殺虫効果があるわけではありません。 もし、カツオブシムシなどがついたら、殺虫剤などで薫蒸する必要があります。 左の写真は、カツオブシムシの成虫です。幼虫は小さな毛虫のような姿をしています。 |
シラキトビナナフシの標本の作り方は、形を整えて乾燥させ、ラベルをつけて出来上がります。 ここでは、実際に作成したときの手順を紹介していきますので、参考にしてください。 上記の標本作成で気づいた点にありますように、シラキトビナナフシは腹部が腐りやすく、乾燥後も収縮・変形しやすいので、腹部の内容物をきれいに取り出して、綿などをつめることも必要になります。その場合、腹部の体節に沿って切れ込みを入れたり、頭部と胸部の腹側の辺りに切れ込みを入れたりしてピンセットなどで内容物を取り出します。 (このような処理は、出来るだけきれいに標本を作製するための一つの方法ですので、必ず必要というわけではありません。) |
◎まず初めに、シラキトビナナフシに昆虫針を刺します。 ◎昆虫針を刺す位置は、写真のように中胸背板の下側の中心近くに刺します。 ◎昆虫針は、体に垂直になるように刺し、出来上がったときに体が水平になるようにします。 ◎このとき、体を貫いた昆虫針が指に刺さらないよう注意します。 ◎昆虫針は、3号〜5号くらいが適当です。 |
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◎昆虫針を刺したシラキトビナナフシを展足板(発泡スチロール)に刺します。 ◎写真に使っている針はバラバラですが、体の部分を固定するときは、パールピン(待ち針)を使います。 ◎肢や触覚などの形を整えるときはパールピンや虫ピンを使います。 ◎肢の形は、図鑑などを参考にしてもいいですし、自分の目的に応じて形を整えるといいでしょう。 ◎肢や触覚は非常に細く、取れやすいので丁寧に扱います。 |
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◎形を整えるときの針の刺し方は、写真のようにクロスに刺して肢を押さえたりします。 ◎また、逆に浮かせる必要のある時は、下からクロスにして肢を浮かせたりもします。 ◎気に入った形になるように、うまく針を使って形を作っていって下さい。 ◎肢の向きなどがうまくないときは、ピンセットや爪楊枝・針先などを用いて向きを調節しながら針で押さえていきます。 ◎シラキトビナナフシは体長が5センチ前後と小さく細いので、扱いづらいところがありますので、針を刺す順番などにも気おつけてください。 |
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◎形が整ったら、展足板ごと密封できる不透明のタッパに入れて乾燥させます。 ◎タッパの中には、乾燥剤と防虫剤も一緒にいれます。(発泡スチロールと防虫剤が直接触れないようにします) ◎出来るだけ温度の低い、光の当たらない場所で1ヶ月から2ヶ月くらい乾燥させます。 ◎冷蔵庫があれば一番ですが、普通は食品と一緒は難しいでしょう。 ◎乾燥中に標本のデータが分からなくならないようシールなどを貼っておきます。 |
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◎十分乾燥させたら、ラベルを針に刺して、保存用の標本箱に刺します。 ◎ラベルを刺したり、標本箱に刺したりするときは、肢などが取れないように注意して作業を進めます。 ◎万が一、肢などが取れたときは、捨てないで、三角に切った台紙に貼り付けて標本と一緒にしておきます。 ◎取れた肢などを袋に入れて標本のすぐそばに刺しておいてもいいです。 ◎これでシラキトビナナフシの標本は完成です。 |
上記の説明は、翅を広げない場合の簡単な作り方です。翅を広げた標本を作るときは、チョウなどの標本を作るときに使う展翅板を用いて作成します。 |
◎翅を広げる場合は、両方の翅を広げるときと、片方の翅を広げる場合があります。 ◎目的によって作成するといいです。 ◎翅は非常に薄く破れやすいので、写真のように直接針を刺すと裂けてしまいます。 ◎展翅テープなどを使って丁寧に翅を広げて形を整えていきます。 ◎チョウの標本作りのサイトなどを調べて作成してください。 |
形を整えて十分乾燥させた標本はラベルをつけて保管することになります。 標本箱には、博物館などで見られるドイツ箱と呼ばれる木製でガラス蓋の専門のものがあります。値段はかなり高価なものです。 適当な木箱や丈夫な紙製の箱などの底に発泡スチロールを両面テープなどで貼ったものでも代用できます。 写真の標本箱は、ソーメンの木箱に発泡スチロールの板を貼り付けたものです。 標本箱には、防虫剤や乾燥剤を入れておき、標本が湿気でかびたり、虫に食べられたりすることを防ぎます。 ナナフシの緑色の体色は、光に当たることで徐々に失われていきますので、保管場所には注意が必要です。 保管箱の中に入れた防虫剤(ナフタリンなど)の成分と発泡スチロールが反応して発泡スチロールが溶ける場合があるので、直接置いたりしないようにします。 時々保管箱の中を見て、防虫剤が切れていないか、カツオブシムシなどがついていないかを確認します。 |
標本には必ずラベルをつけるようにします。ラベルのない標本は、どんなにきれいなものでも科学的な価値はまったくないものになります。
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標本の作り方については、次の文献やホームページを参考にさせていただきました。 |
書名・HP名 | 著者 | 発行所 | 発行年(初版) |
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新版昆虫採集学 | 馬場金太郎 平嶋義宏 編 | 九州大学出版会 | 2000年11月15日 |
標本の作り方 自然を記録に残そう | 大阪市立自然史博物館 編 | 東海大学出版会 | 2007年7月20日 |
ナナフシのすべて | 岡田正哉 著 | トンボ出版 | 1999年8月10日 |
プラケースワールド | かまくら虫っこ 管理人 | ホームページ | . |
(2008年4月17日 記述) |
シラキトビナナフシの標本については、継続して調べて行きたいと思っています。