ナナフシの森

-シラキトビナナフシの窓-

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シラキトビナナフシの飼育 代用食

シラキトビナナフシの食樹(代用食の可能性)

◆はじめに

 シラキトビナナフシがブナ目のブナ科植物を食べることは広く知られています。

 これまでの野外観察と室内飼育に於いて、ブナ・ミズナラ・コナラ・クリの葉を幼虫・成虫ともに食べることを確認しています。 また、2010年春には、常緑のブナ科植物である、シラカシ・アラカシでの飼育も行っています。 文献などから、シイ・カシ・クヌギ(丹羽)などを食べることも確認されています。

 2009年春の飼育で、ブナ目のカバノキ科に属するシラカンバとケヤマハンノキをシラキトビナナフシが食べることが確認できました。 シラキトビナナフシがブナ科以外の植物を食べることは、今まで知られていなかったと思われますので、簡単に報告したいと思います。

 このページでは、2010年6月15日発行の「ばったりぎす」(日本直翅類学会連絡誌)145号(P48~50)の管理人(nanahusi)の報文  「 シラキトビナナフシ(Micadina fagi)の食樹について」 を元にしながら、シラキトビナナフシのブナ科以外の食樹での代用食の可能性について説明します。

◆孵化した幼虫のエサがない

 室内保管(最低気温5度位)されていた2008年に産下されたシラキトビナナフシの越冬卵は、2009年4月2日から孵化が始まりました。

 この時期、函館市ではミズナラ・コナラなどの食樹は、冬芽状態で開葉までには約1ヶ月半も早いことになり、孵化した幼虫に与えるエサがありません。 シラキトビナナフシの初令幼虫は、エサがまったくない状態では、2・3日で死亡していきます。

 その当時手に入ったイチゴ・キイチゴ・ノイバラ・サクラなどの葉を与えてみても、それらの葉にはまったく食いつきもせず2・3日で死亡していきました。 何も食べないので、リンゴを与えてみたところ、画像のようにかじりつくのですが、やはり2・3日経つと死亡していきます。

 本州からブナの若葉を送ってもらい、ようやく飼育の目処がつきました。 しかし、今度は、ブナの若葉が、1週間ほどで枯れ始めてしまい、やはり飼育を続けることが出来ませんでした。

リンゴにかじりつく初令
2009年4月4日
リンゴに食いつくシラキトビナナフシ初令
イチゴの葉(全く食いつかず)
2009年4月12日
イチゴの葉(食いつかず)
ブナの若葉(よく食べる)
2009年4月14日
ブナの新葉に食いつくシラキトビナナフシ初令

◆孵化した幼虫のエサ(代用食)

 4月中旬になって、ブナ科植物よりも開葉の少し早いカバノキ科のシラカンバとケヤマハンノキの若葉を試しに与えてみました。

 すると、孵化直後からこれらの葉に良く食いつき、食痕が多数確認されるようになりました。飼育ケースの底には糞が多数落ちていますし、初令幼虫の腹部には食物が詰まっているのが分かります。 その後、カバノキ科のシラカンバとケヤマハンノキの若葉を食べながら一定程度成長を続けていきました。

 しかし、ブナを与えたグループでは、幼虫が次々と死亡していきました。ブナの葉がやや硬くなったせいか、食痕も周辺部にわずかしか見られません。

ケヤマハンノキを食べる初令
2009年5月1日
ケヤマハンノキに食いつくシラキトビナナフシ初令
シラカンバを食べる初令
2009年5月6日
シラカンバに食いつくシラキトビナナフシ初令
死亡した初令(ブナの葉)
2009年5月1日
ブナの葉上で死亡しているシラキトビナナフシ初令

シラキトビナナフシの飼育グループの様子(食樹別)

■ミズナラを与えたグループの飼育

 5月に入り、野外でミズナラやコナラが開葉し始め、ミズナラを与えることが出来るようになりました。 ミズナラを与えたグループ(ミズナラグループ)は、途中で死亡する個体もありましたが、順調に令を重ねて成虫にまで成長し、産卵を行い多数の卵を残しています。

 詳しい記録などは、「シラキトビナナフシの野外観察・飼育記録」を参考にしてください。⇒ こちら

■シラカンバを与えたグループの飼育

 シラカンバの若葉を与えたグループでは、初令から2令までは、ほぼミズナラグループと同様に成長を続けていきました。 しかし、2令から3令に脱皮する頃からシラカンバグループは、ミズナラグループよりも1令分ほど成長が遅れるようになりました。

 3令脱皮の時に脱皮不全を起こす個体が非常に多くなりました。脱皮不全の様子は、画像のように、頭部・胸部・腹部は脱皮殻から出るのですが、触角と各肢を抜くことが出来ず、結果として死亡していきました。 脱皮が無事に終わったように見えても、肢の一部が欠損したり、触覚が途中で切れたりと、完全な個体はわずかとなっていきました。最終的に4令まで成長した個体はわずかであり、5令に達する前にすべての個体が死亡してしまいました。 このような脱皮不全が起こった理由は不明です。

2009年5月11日
脱皮不全のシラキトビナナフシ幼虫
2009年5月15日
脱皮不全のシラキトビナナフシ幼虫
2009年5月19日
脱皮不全のシラキトビナナフシ幼虫

■ケヤマハンノキグループの飼育記録

 下の表1にはありませんが、ケヤマハンノキのみを与えたグループでは、シラカンバグループと同じように初令からケヤマハンノキに良く食いつき2令まで成長を続けていました。

 しかし、エサの枯れ方が早く、死亡する個体が多数出て、途中で飼育を断念することになりました。おそらく、シラカンバグループと同じようになった可能性があります。

■シラカンバグループとミズナラグループの飼育比較

 下の表は、5月に孵化したシラキトビナナフシの、シラカンバを与えたグループとミズナラを与えたグループの飼育を比較したものです。

 しかし、エサの枯れ方が早く、死亡する個体が多数出て、途中で飼育を断念することになりました。おそらく、シラカンバグループと同じようになった可能性があります。

シラカンバグループとミズナラグループの飼育比較
シラカンバグループとミズナラグループの飼育比較

■食草への食いつきの差

 シラキトビナナフシの初令幼虫は、食べる葉と食べない葉がはっきりしています。

 エサがない時に与えた、イチゴ・キイチゴ・ノイバラ・サクラなどの葉には、まったく食いつきもしませんでした。その結果、初令幼虫は、2・3日で死亡していきました。

 ブナ科植物のミズナラ・コナラ・クリ・ブナ(若葉)は、よく食いつきます。今回明らかになった、カバノキ科のシラカンバとケヤマハンノキの若葉でも、若令段階ではよく食いつきました。

 また、ミズナラとシラカンバを同時に与えた場合でも、その両方の葉に食いついて成長していますし、ミズナラとケヤマハンノキを同時に与えた場合も同様の結果であり、ミズナラの葉だけを選択的に食べるということは起こりませんでした。

シラカンバの食痕
2009年5月24日
シラカンバの食痕
ケヤマハンノキの食痕
2009年5月24日
ケヤマハンノキの食痕
ミズナラの食痕
2009年5月24日
ミズナラの食痕

野外での観察例(ブナ科植物以外)

 ブナ科植物以外での野外観察例として、シラカンバの若木でシラキトビナナフシが見られたことも付け加えておきます。

 シラキトビナナフシが多数孵化している5月下旬に、ミズナラの林の中にあるシラカンバの若木でシラキトビナナフシの初令幼虫が葉裏に静止しているのを2009年5月30日と31日に3頭発見しています。

 孵化直後の幼虫は高い部分を目指して登っていく傾向があるので、このことは偶然なのかもしれませんが、シラカンバの葉を一時的にでも食べることができるので、シラキトビナナフシの生息にとってシラカンバが何らかの意味を持っているのかもしれません。

シラカンバの葉裏に静止するシラキ
2009年5月30日
シラカンバの葉裏に静止するシラキ
シラカンバの葉裏に静止するシラキ
2009年5月30日
シラカンバの葉裏に静止するシラキ
シラカンバの葉裏に静止するシラキ
2009年5月31日
シラカンバの葉裏に静止するシラキ

シラキトビナナフシの成虫での食樹実験(失敗)

 4令段階で終了したシラカンバグループの飼育結果が気になったので、2009年7月11日から6令幼虫2頭と成虫1頭でシラカンバのみを与えて再度飼育を行ってみました。

 やはり6令幼虫も成虫もシラカンバの葉をすぐに食べ始めました。しかし、2日後の7月13日までにこれら3頭はすべて死亡してしまいました。与えたばかりのエサなので、エサ枯れも考えられません。

 シラカンバの葉の成分に何らかの成長を阻害したり、死亡させたりする何らかの原因があるのかもしれません。詳しいところは、今後の課題です。

シラキトビナナフシの食樹についての疑問点

 シラカンバグループとミズナラグループでは、飼育環境はほとんど同じ状態でしたが、飼育結果には大きな違いが見られました。

 シラキトビナナフシは、キイチゴやノイバラなどのバラ目の葉にはまったく興味を示さず、食いつきすらしなかったのに、ブナ目のカバノキ科植物には良く食いつき一定のところまでは成長しました。 カバノキ科植物がシラキトビナナフシの成長にとって悪影響があるのであれば、なぜ、これらの葉に良く食いつくのか疑問が残るところです。

 ミズナラとシラカンバ、ケヤマハンノキの葉の成分分析などは行っていませんが、カバノキ科の葉に何らかの成長阻害物質などが存在するのかどうかは今後の課題となります。

 また、もしもシラキトビナナフシがカバノキ科植物を一時的にでも利用するのであれば、生存確率を高めることや生息地域の拡大などに何らかの意味をもつのかどうかも今後の課題です。



 (2010年8月23日 記述)


 シラキトビナナフシの食樹については、継続して調べて行きたいと思っています。


参考文献等

  • Ichikawa A and Okada M (2008) Review of Japanese species of Micadina Redtenbacher (Phasmatodea,Diapheromeridae),with description of a new species. Tettigonia(9):13-31
  • 岡田正哉(1999) ナナフシのすべて トンボ出版
  • 長嶋義介(2001) 新潟県のナナフシ目昆虫 新潟青稜大学紀要第1号:3-10
  • 丹羽力(1976) トビナナフシ属の飼育から インセクタリウム13(4):8-9
  • 樋熊清治(1972) 新潟県のナナフシ類. 長岡市立科学博物館研究報告№8:1-15
  • 寺本憲之(2008) ドングリの木はなぜイモムシ、ケムシだらけなのか? サンライズ出版
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